東部城ホルターの制圧から二週間・・・。

 解放軍の生き残った兵を加えたという事実から、革命軍は当初掲げていた『貴族の完全排除』を事実上、放棄したことになった。しかし、『無駄な血は流すべきでない』と同調する者の方が多かったため、革命軍志願者は以前にも増して増加の一途を辿った。そのほとんどは元々鎮圧軍に属していた者達である。
 彼らは圧政を逃れ、自由を手にしたいという選択をした、というべきであろう。

 ゼメキス王は兵の流出を抑え込むため、革命軍と通じていると思われる者達を徹底的に弾圧した。しかし、それがかえって、兵の流出を促進することになってしまった。

 やがて機は熟し、いよいよ革命軍総勢一万二千はヴェミノス平原への進軍を開始。一方、巻き返しを謀ろうと迎え撃つべく、鎮圧軍も将軍のゴアを総大将としてデュラハン要塞に陣を敷いた。
 どちらが勝つかによって、今後のレーダム王朝を動かす母胎が決定すると言っても、過言ではなかった。両軍とも、今の王朝そのものは崩すつもりはなかったからである。
 そして・・・内乱は最終局面を迎える・・・。


Chapter3
人として歩むもの



第十八話
それぞれの前夜

 ただ風だけが吹き抜けるヴェミノス平原。そこに一人の青年が立っていた。その脇には、黒装束の男が控えていた。
「シャハト・・・道というものは、長いな
「どうした? 随分と歳をとったような台詞だな。お前らしくもない」
「いや、私はふとそう思っただけさ」
 シャハトは一歩前に出て、マルスに背中を見せる。
「確かに道なんてものはどこまで続いているか分からないくらい、呆れるほど長く作られている。だがな・・・道には必ず一息の付ける、終着点がある。その終着点からはやはり、いくつもの道が延びている・・・そうして、俺達は道へ道へと渡っていく」
「何が言いたい?」
「要するに、道に終わりなんてものは存在しないんだ終着点と言ったが、やはりそれは中継地点でしかないのさ。俺達が取り敢えず目指しているものなんて、中継地点でしかない」
「革命の成功がそれだと言いたいのか?」
「そうだ。でも、その中継地点まで辿り着くことが大事なんだ、生きていく上ではな。その中で、行き倒れになる者も少なくはないだろう。中継地点まで辿り着くのにも、膨大な労力がいるものさ」
 シャハトはそう言うと、マルスの方に顔を見せた。
「俺も、いつ行き倒れるか分からない。今の内に、お前ぐらいには俺の素顔を見せておこうか」
 フードを払ったシャハトの素顔が、マルスの目の前にあった。その顔は、浅黒く、傷だらけだった。頬に剣で斬りつけられたような跡も見られた。
「どうだ、醜いか?」
「・・・」
 問われかけても、マルスは無言だった。影として戦場を行き交う定めの者はかくも苦難の道を強いられるのか、と物思いに耽っていたのである。
「お前の顔には傷がなさ過ぎるな」
「私も、お前のような傷は負ったことはあるが・・・それほど日を要さずに治ってしまった」
「ふん、大した再生力だな。人間じゃないみたいだぜ」
「そうかも、な・・・」
 マルスはネルヴァの言葉を思い出していた。
「奴が・・・ネルヴァが・・・私のことを知っていたな・・・・・・」
 フードをし直したシャハトが、すぐに反応した。
「ああ、あの陰気臭い、痩せた狂人か。あんな奴の言うことなど、いちいち思い出すな」
 ネルヴァの非難を聞いて、マルスは思わず苦笑した。
「大した言いぶりだな」
「お前は大丈夫だ、と言いたいんだよ。たとえ人でなかったにしても、お前は現実を見つめ、正しい判断ができるやつだ。権力に溺れた人間より、余程マシだぜ。それにな・・・」
 もったいぶるシャハトに、マルスはじれったさを覚えた。
「それに?」
「お前は人を愛することができるじゃないか、愛されてるじゃないか。それが、何よりの人間らしさの証拠だ」
「誰に?」
「いつもお前を慕ってる、紫マントの嬢ちゃんだよ」
 シャハトがそう言って指差すと、向こうからエレーヌが歩いてきていた。
「シャハト・・・」
「まぁ、俺の台詞は気にしなくて良い。お前の好きなような相手の仕方をしてればいいさ。お前が彼女をどう思うかは、お前次第だ」
 そう言うと、シャハトは二人の邪魔をするまいというような顔で、その場を後にした。


 久しぶりにアムドは父としてのゼメキスと会話を交わしていた。
「アムド・・・お前は、わしが間違っていると思うか?」
 ゼメキスが自分のことを『余』と言わないのは、ひどく懐かしく感じられた。
「・・・私には、分かりません」
「わしはな、この国を守りたかった。どんな手を使ってでも。そうでなければ、私の代までこの国を保たせてくださった先代の王の方々に、申し訳が立たないと思ったのだ。私はたとえ狂王と呼ばれても良いから、この国だけは守りたかったのだ」
「それは承知しています」
 沈黙が辺りを包み、ゼメキスは天井を見上げた。
「そろそろ、王座を譲るべき時に来ている」
「何をおっしゃっているのです、父上」
「お前に譲る前に狂王として、わしの命を捧げるのも悪くはあるまい。ローディスの勢力も少々衰えたことであるしな。しばらくは、遠征にも来ないだろう」
「しかし・・・それなら、和平は考えなかったのですか? 無駄に血を流す必要は・・・」
「和平をしたところで、わしは死ぬ。民衆の支持を失い過ぎた。そんなことでは死にたくないのだよ・・・結局、わしは我が身かわいさに、最悪の破滅の道を歩みたいのだろうな」
「分かりません、父上の考えが」
 ゼメキスはしわだらけの顔を、静かに歪めて苦笑した。
「言っておろうが、わしは狂王だと。わしの考えなど、理解する必要はない。お前は、お前の信じた政をすることだ。私の二の舞を犯さぬようにな・・・」
「父上、私はローディスからこの島を守るべく立ち上がった貴方の気持ち、それだけは忘れはしません」
「そうだな、それだけは・・・忘れないでくれ。後は全て戒めとして、お前の政に役立てろ、良いな?」
「はい・・・」
 自らの死を予感しながら、和平の道を歩めぬ父。何故かその背中をアムドは寂しげに感じられていた。
「父上は、堕ちたのか・・・それとも・・・?」
 もはや、アムドには戦の行く末だけを見つめるしかなかった。

 そして、一方のアナトリアも戦いの行く末を見つめて、決心を固めようとしていた。
 彼女は中庭からデュラハン要塞の方角を眺めていた。

 もうじき、もうじき・・・。私の父の無念、・・・少しずつ絞め殺されるように味あわせてやる・・・あの王に・・・。
 誰にも、邪魔はさせない。絶対に。


 デュラハン要塞の奥では地図を見入っているゴアがいた。暗い部屋の中に、ラゾンとネルヴァが入室した。
「どうした、二人とも」
「将軍殿も、ひどく神経質のご様子で・・・」
「嫌みを言っておるのか、ネルヴァよ」
「滅相もない」
「国の命運を左右する大戦なのだ、いいかげんな気持ちで臨んではならぬ」
「確かに」
 そう言うと、何かを書き込んだ別の地図を、ラゾンが広げた。
「敵側の陣形はこのようになっております。デュラハン要塞を囲むように東側の本隊。そして北側には風上という立場上、弓兵隊を配置していますね。そして南側の部隊ですがこれは恐れるには足らぬ軍勢でございます。南部城ダルエスーナに分けたネルヴァめの特殊部隊が、挟み撃ちにして一気に潰すことができましょう」
「ネルヴァの部隊か?」
 不信の表情を浮かべるゴアに、ネルヴァは自信を持って答えた。
「大丈夫ですよ、将軍殿。我らの魔獣部隊にすべてをお任せください」
 ゴアは小さく息を突いて、地図を畳んだ。
「頼むぞ・・・お前達の働きにかかっているのだから」
 ラゾンとネルヴァは深々と礼をする。
「ヴォヌレイ王国のため、この命を捧げましょう」
「私もロー、・・・」
「?」
 思わず口を滑らせかけたネルヴァは慌てて言い直した。
「私もロア王国と共にローディスを退けたこのヴォヌレイ王国のため、死力を尽くす覚悟です」
「そうか」
 何か別のことを言おうとしたな、とゴアはすぐに感付いたが、敢えて問いただそうとはしなかった。死力を尽くすと言うのだから尽くしてもらおうではないか、今士気を下げてどうする、と。
 王都に残したゼメキスとアムドのことを心配しながら、ゴアは明日の戦いのために、早い眠りに着いた。


 デュラハン要塞の地下食料庫。二人の金髪の男がそこで何かを話し合っていた。周囲には、真っ赤なローブの魔導士が幾人もいた。
「ヴァルバリオ先生、それでは・・・」
「ええ。頃合いを見計らい、貴方もラゾン殿にも着いてきてもらいますよ」
「では、いよいよ我らの悲願が!?」
 歓喜の声を挙げる弟子達を後目に、ヴァルバリオは話し続けた。
「ランダヌス神殿には強い封印がかけられています。王家の者の血と、王国の宝剣が必要なのデス」
「して、その宝剣とは?」
「・・・・・・アーゼムの玉座の間にある、竜殺剣ファフニールデス」
 どよめきが起こるが、すぐにヴァルバリオが静める。
「ただの竜殺剣ではないらしいのデス。特殊な呪文が彫ってあり、その呪文、剣自体の魔力、王家の血・・・コレらが鍵なのデスよ」
「では、いつ手に入れましょう?」
「そうデスねぇ・・・あの女が動くときがよろしいでしょう」
「?」
「アナトリア、デスよ。彼女が我々に協力してくれるかもしれません。上手くいけば、こちらの操り人形にも・・・」
「成る程」
 ヴァルバリオは数人の弟子を指名し、自分の後ろに付かせた。
「我々は一足早く、王都アーゼムに戻ると致しましょう。それではネルヴァ、頼みましたよ」
「全ては先生の思いの通りに・・・」
 ヴァルバリオは満足げに頷き、新しい体を早足で動かし、そのまま地下室を後にした。


 コロナクの森の中を、一人の青年が走っていた。

 俺は決して・・・連中を許しはしない。大を生かして小を殺すなんて、そんな人道に外れたことをして・・・今更方向転換しても遅いぜ、革命軍。俺は騙されない。決して、騙されないぞ・・・。

 青年は、王都に向かっていた。
 やがて月明かりがわずかに木々の間を縫い、青年の青い甲冑がしばらく輝く。

 俺はいつか、必ずお前らを殺してやる。今は無理だが・・・いつか、必ず・・・・・・。


「いろいろ不安もあるけれど、もう悩むのは止めたの。うじうじしてるのって、自分らしくないからね」
「そうか」
 どこかふっきれてすっきりした様子のエレーヌに、マルスは優しい視線を送った。
「貴方は、悩んでる方が似合っているけれど」
「冗談はよしてくれ。私も悩むのはできれば避けたいさ。でも・・・悩まなければならないことが、多すぎるな。現実には」
「今日は何を悩んでいらっしゃるの? 隊長様」
 わざとふざけてみせたエレーヌに、マルスは苦笑した。自分の正体への懐疑は敢えて口にせず、別のことをエレーヌに告白した。
「この戦いの行く末、かな。皆が無事に革命を成し遂げられるかどうか。私はそれだけが心配なんだよ」
 不意に、エレーヌがマルスの背中を叩いた。
「もう、何よ! この間、私を励ましたばっかりなのに、その弱気ぶりは何!? もっとしっかりしてよ!!」
「あ、ああ・・・すまないな」
 マルスはすっかりエレーヌの尻に敷かれているな、と自分で感じ取った。そのおかげで、かえって緊張がほぐれたのだが。
「私も、みんなも貴方のことを誰よりも頼りにしてるのよ。それは、貴方が私達のようにそれほど多く迷わないから。だから・・・」
 甘えたような目のエレーヌに、マルスは息を呑んだ。
「私も、迷うことはあるさ・・・」
「そうは思えないけれど」
 マルスは、自分によく似た顔を持つ、聖騎士のことを思い浮かべた。
「私も人間だ。人間は・・・迷って、迷って、それでも道を歩き続ける存在だ。でも、道を歩み続けるために、生きなくてはならない。何としても、生きなくてはならない。自分でまいた種の、成長も見届けるために・・・だから、決して死んではいけない
 自分の正体が分からないのに、マルスは自分のことを人間だと言い切ったことに若干抵抗を覚えた。
 しかし、マルスの台詞を聞いて、エレーヌは不思議そうな顔をすると別の反応を返した。
「なんでそんな言葉がすらすら出てくるの? だから、私は貴方が迷わないと思うのよ」
「ある人物の、聖騎士の言葉さ・・・取り敢えず、生きなくては話にならないからな、人間は。だから彼は『死ぬな』と言ったのだろう」
「貴方は、死ぬのが恐くないの?」
 正直、マルスは回答にとまどった。
「恐いと言えば、嘘になるかもな・・・戦っている内に、恐いという感覚が無くなってしまう。それよりも、生きなければ、という気持ちの方が強いかもな。実際のところ、無心で斬りかかっているが」
 小さく笑ったマルスに、エレーヌも笑みで返した。
「私も、今でも戦の最中に震えがくることがあるわ。それでも、理性だけは失わなくなったのは、貴方のおかげだと思ってる。『現実に負けないよう戦え』と言った、貴方のおかげで」
「そんなに、私のおかげばかりなのか?」
「ええ」
 自信をもってはっきりと言うエレーヌ。その姿は少なからず、魅力的に映った。マルスはシャハトの言葉を思い出す。少しずつ身を寄せるエレーヌを・・・彼は黙って受け入れた。

 口づけはしなかった。ただ、黙って抱擁するだけだったが、二人はお互いの胸の鼓動を、お互いの胸で聞き合った。まるで、命のうたを聞くかのように。
 明日の戦争を前に、束の間の静かなる至福の時が訪れたのだった。




ウォーレンレポート(ロウルート第三章)

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